015  「幸せです」 そう言える女性とは?

「幸せ」 と、言えますか?…

サイトでも触れていますが、
人間にとって、
女性にとって、
何が 「幸せ」 なのかは
永遠のテーマです! よね?

人によって、状況によって、
「幸せ」 の感じ方が違うから
一概に 「これが幸せ」 とは、言えない。

全く同じ状況だったとしても、
それまでの経験や生き方、
その人の性格や価値観で、
現状をどのように評価するかは
千差万別なわけで…

だからこそ、
「自分にとっての幸せ」
それが何なのか?
ちゃんと真剣に向き合って
考える事が大事なのだ!

人生街道を渡り歩く中
どれだけ早くこの
「自分にとっての幸せ」 という
単純なテーマを
考える事ができるか、
自分を見つめ直す事ができるかで
自分にとっての幸せを
つかめるかつかめないかが
大きく運命をわける!!
そう思うっ!
過大表現じゃない!

「いつからだって遅くない!」
なーんて色んな場面で
良く聞くフレーズですが、
いやいや、
そんなこたぁない。

早く幸せになれるに、
越した事はないし、
手遅れになる場合だってある!
でもそんなの…  イヤだよね?

それなら、
出来得る限りの早い段階で
自分を見つめ直して
自分にとっての幸せが何か
意識する事が大事。

皆さん漠然と考えていてもね、
深くまで考えてないものなのよ!
そりゃなぜか?
現実を受けとめたり
自分の内面を直視するのって
簡単そうに思えるけど
意外に難しいものなのです。

自分に対してね、
「いや、そんなことない!」
「でも、それはこういう理由が…」
「けど、あたしのせいじゃない」
なんてな具合で
自分の事ってすごく過保護にするのね。

そうやって自分自身を
甘やかすのと一緒に、
「私、幸せになれるハズ!」
「この選択であってるハズ!」
「彼だけは特別なハズ!」
言い聞かせる。
ろくに意識せずに
明確に幸せが何かわからず
流されていく。
いや、流されていくんじゃなくて
自ら周りの状況のままに
流れて行くんだね。

でもそうやって過ごしていると
「手遅れ」 に
なる事だってある。

 

例えばこんな話。

気になる人が2人いた。
Aさんと Bさん。
どちらも自分を好きだと言ってくれた。
世間や女友達が自慢する話、
相手の
ルックス、学歴、仕事、年収など
について、
全てにおいて勝っている Aさんの方が
結婚相手にふさわしいと思い交際した。
一緒になって子どももできた。
でも、いつも何故かむなしい…
夫婦生活の中で泣き出したくなるような
不安に襲われる…
みんなこんなものなのかと
半ば自分を諦めたような生活の中で
Bさんと結婚した友人にあった。
その友人はとても幸せそう。
身なりが上クラスとか、
特別な事は何もないのに
その雰囲気はとてもイイ。
幸せそうだねと思わずでた言葉に
「うん」 と答えた
彼女のまぶしい笑顔をみて
全てを悟った気がした。
自分が求めていたのは、
これだったんだ。
こやって自信をもって、
幸せだと言える精神状態…
私はココロの満足、
安定を求めていたのであり、
世間体や経済力を
手に入れたかった
わけじゃなかったんだ…
なのにいつの間にか
自分にとっての幸せを見失ってた。
特別な愛は感じなくても、
好き合ってると思って結婚した。
でもお互いがパートナーに
望む事が違うんだ。
日々のむなしさも合点がいく。。
でももう、遅い。
旦那がキライなわけじゃないし
子どももカワイイ。
私の虚無感を埋める為だけに
新しい出会いを求めて
違う人生をスタートさせるなんて
できるハズがないじゃない…
・・・・・・・・・・………

この話は実在するモデルがいます。
ザックリな話で
「ふ~ん」 くらいな感想かもしれませんが、
他人の話を他人事と思わずに
自分に置き換えて
ちょっと想像してみてください。

何度も言うように、
皆さんも自覚されているように、
幸せの条件は人それぞれです。

上の話を例にとるなら、
結婚した夫婦がお互いに
世間一般的に家庭を持って、
夫は妻という伴侶を持ち、
家の事を安心して任せて
気兼ねなく仕事ができる事が
目的であり、
妻は夫という存在がある事で
年齢が増せば増すほど
働くのが難しい日本社会で
働かずとも安定した生活が
できる事をよしとするなら…
このカップルは
「相性がよい」 という事で
成立するでしょう?

でも片方がもっと内面的な、
気持だ感情だを重視する
性格だったとしたら?
金なんて安定なんて二の次、
とにかくお互いが強い
心の絆で結ばれている!
そういう状況を望むタイプだったら?

その状況に幸せを見出せないのに
それに応えて! と催促されたら、
苦痛だよね?
もちろん、望んでいる側だって
その気持ちに応えてくれなかったら
淋しい事この上ないよね?

 

先日TVで 西川史子先生が
面白い事を言っていました。

「キレイであったなら
幸せになれると思っていた。
でも、私が不幸だと思っていた
ブスな女の子達は、
今現在私なんかより
ずっと幸せな人生を送っている。
キレイでお金があったら幸せになれる、
幸せなんだと思っていたけど、
必ずしもそうではないと知った」
(内容はますかけまとめです)

これ聞いてどうですか?
それぞれ感じる事は
違うと思いますけど…

西川先生は
2010年に結婚して、
2014年の1月に離婚されています。
このセリフを言った西川先生。
4年間の結婚生活では
どれだけ多くの事を考えたのか?…

想像すると…
「ますかけでよければ
いつだって寂しい時は
だまって話を聞きますよ!」
そう言ってあげたい、
そんな気持ちになります。

彼女の考えがあってたとか
間違ってたとかそんな事じゃない。
彼女が寂しくて悲しくても、
もっと寂しくて悲しい人は
この世の中いくらでもいるのもわかってる。

でも、
その彼女の悲しみを背負うのは彼女で、
その大きさは彼女の基準で決め
彼女が感じる事でしょう?

キレイでお金があれば
幸せになれると思っていた先生。
今だってキレイで、お金はある。
でも、自分よりブスでお金のない人が
とっても幸せそうにみえる。
自分の欲しかったものを
持っているように思う。。。

ますかけから言わせれば
西川先生は自分の幸せについて
深く考えた事はなかったんでしょ。
だって、
考える必要がなかったから。
キレイでお金があって、
誰を羨む事もなく、
充実してただろうから。

(彼女の発言から育てられ方に
一難あったような報道がされている。
医者になれれば何でもOK、
医者になる道こそ全てのような
育てられ方だったようなので、
そのレールの上を走っていたら
疑問や反発はあっても、
「自分の幸せ」 なんて
考えるきっかけはなさそうに思う)

事実、お金がなくても幸せで
ブスだって愛されて満たされている
現実を知った西川先生。
もう少し早く、
自分の幸せが何なのか、
ちゃんと考えられていたら、
現状は違ったかもしれない、 と、
そう思うますかけなのです。

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